発達障害でマルチタスクができない理由|特性別のメカニズムとシングルタスク設計の考え方
そもそも人間の脳はマルチタスクが苦手
マルチタスクとは、複数のタスクを同時並行で処理することを指します。ただし、脳科学の観点から見ると、人間の脳は複数の作業を「同時に」処理しているのではなく、高速でタスクを切り替えているに過ぎません。この切り替えには、前頭前野の実行機能が大きく関わっています。
実行機能とは、計画を立てる、優先順位をつける、作業を開始・維持・切り替えるといった一連の高次認知機能のことです。この機能はワーキングメモリ(一時的な情報保持と処理)とも密接に関わっており、複数の情報を保持しながら作業を切り替えるとき、ワーキングメモリが大きな負荷を受けます。
発達特性のある方は、この実行機能やワーキングメモリに特性があることが多く、定型発達の方と比べてタスク切り替えのコストが高くなりやすいです。「マルチタスクが苦手」というのは、こうした脳の特性に由来する困難であり、能力や意欲の問題ではありません。
ADHDの特性とマルチタスクの難しさ
ADHDの特性がある方にとってのマルチタスクの難しさは、主に2つのメカニズムから生まれます。
✓ 注意の「吸引力」と「固着」
ADHDの特性として知られる「過集中」は、特定の対象に注意が強く引き寄せられ、他のことに意識を向けにくくなる状態です。集中していると呼びかけに気づかない、作業中に別の仕事を頼まれても対応できないというパターンは、この「注意の固着」から生まれます。
一方で、ADHDの特性には集中が外からの刺激によって断ち切られやすいという側面もあります。電話が鳴る、声をかけられる、別の案件が入るといった中断によって、それまでの作業コンテキスト(どこまで何をしていたかという情報)がリセットされやすく、元の作業に戻ることが困難になります。
支援現場での経験では、「電話を受けながらパソコン入力をするのが特に難しい」という声をよく聞きます。これは聴覚情報の処理と視覚・手の作業が並行することで、両方のワーキングメモリを同時に消費するためです。ADHDの特性がある方のワーキングメモリは容量が小さくなりやすいため、このような状況でどちらかの情報が溢れてしまいやすいです。
✓ 優先順位をつけることの難しさ
マルチタスクを扱うためには、複数のタスクを「どの順番で・どの比重で処理するか」を判断する能力が必要です。ADHDの特性がある方は、この優先順位付けに困難を感じやすいです。
「全部大事に見えて何から手をつければいいかわからない」という感覚は、一見すると優柔不断に見えますが、実際には実行機能の特性として優先順位の比較・判断に認知的コストがかかっているために生じます。「とにかく目の前のことから」という対応が多くなりやすく、締め切りや重要度という観点でのソートが自然に行われにくいです。
ASDの特性とタスク切り替えの難しさ
ASD(自閉スペクトラム症)の特性がある方のマルチタスクの難しさは、ADHDとは異なるメカニズムから生まれます。ASDの特性として知られる「こだわり」や「切り替えの難しさ」は、一つの作業に深く入り込んでいるときに別のことを求められると、強いストレスや混乱を引き起こしやすいです。
ASDの特性がある方にとって「中断」は、単に作業が止まるというより、そのタスクの文脈を一時保管する認知的負荷が非常に高い行為です。別のことに切り替えた後に元の作業に戻ろうとすると、「どこまでやったか」「次は何をすべきか」という情報を再構築するのに大きなコストがかかります。これは「マルチタスクが苦手」というより「切り替えコストが高い」という特性です。
また、感覚過敏を持つ方の場合、オフィスの騒音・光・会話音などの刺激が背景に常に入ってくることで、意識の一部が常にその刺激の管理に使われています。これが「実質的なマルチタスク」として認知的負荷を増大させ、仕事のパフォーマンスを下げることがあります。
「マルチタスクを上手にやる」より「マルチタスクをしない設計」を考える
マルチタスクの苦手さへの対処として、多くの記事は「ToDoリストを作る」「タスクを可視化する」「優先順位をつける」というアドバイスを提示しています。これらは有効ですが、より根本的な視点として、「マルチタスクをしなくても仕事が回る環境を設計する」という発想があります。
「シングルタスクでOK」と決める——これは怠慢ではなく、発達特性のある方にとっての現実的な働き方の設計です。一つのことを終わらせてから次に進む、複数の仕事を同時に抱えない、電話対応中は他の作業を止める、という運用ルールを職場に伝えることが、合理的配慮の活用につながります。
✓ 「再開メモ」というアプローチ
どうしても中断が発生する職場環境では、「再開メモ」という手法が機能しやすいです。作業を中断する直前に「次にやること」「今どこまでやったか」「注意すべき点」を3行以内でメモに書いておく習慣です。
中断後に作業に戻ったとき、「何をやっていたか」を思い出すことに認知的コストを使わずに済むため、再開のハードルが下がります。ToDoリストが「何をするか」のリストだとすれば、再開メモは「どこから再開するか」のリストです。発達特性のある方には、後者のほうが特に機能しやすいです。
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マルチタスクが少ない職種という選択肢
職場環境を変えられない場合、職種そのものを見直すことも有効な選択肢です。マルチタスクが少なく、単一の作業に集中できる職種は、発達特性のある方にとって働きやすい環境になりやすいです。
IT分野のエンジニアやプログラマーは、一見するとマルチタスクが多そうに見えますが、実際には「コードを書く」というシングルタスクに深く集中できる時間が長い職種です。データ入力・Web制作・システムのテスト作業なども、手順が明確で予測可能であり、余計な刺激が少ない環境で取り組みやすいです。ADHDの過集中特性は、こうした「一点に集中できる業務」で特に力を発揮しやすいです。
一方、接客・コールセンター・事務系の仕事は、電話対応・来客対応・データ処理が同時に発生しやすく、マルチタスクが構造的に組み込まれています。特性があることを隠したまま、こうした職種で無理を重ねることは、消耗と早期離職につながりやすいです。
まとめ:プラスイノベーションでの相談について
マルチタスクができないことは、能力の低さではなく、前頭前野の実行機能・ワーキングメモリの特性に由来する困難です。ADHDでは注意の固着と優先順位付けの難しさ、ASDではタスク切り替えの高いコストと感覚過敏による二重負荷が、マルチタスクを困難にする主な要因として挙げられます。
対処の方向性は「マルチタスクを上手くやる」ではなく「マルチタスクをしなくて済む設計をする」ことです。再開メモ、シングルタスク宣言、パーキングロット、職種選びといった手段を組み合わせることで、特性に合った働き方を作っていけます。
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