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コラム

ワーキングメモリを鍛えるには|科学が示す方法と特性に合った工夫

2026.05.13

ワーキングメモリを鍛えるには|科学が示す方法と特性に合った工夫

「指示を聞いた直後なのに、半分忘れてしまう」「複数の作業が重なると頭がいっぱいになる」。こうした困りごとの背景には、ワーキングメモリと呼ばれる脳の働きが関係しているかもしれません。インターネットで調べると「ワーキングメモリは鍛えられる」という情報があふれていますが、近年の研究はもう少し慎重な見方を示しています。この記事では、鍛えるための具体的な方法を研究の裏づけとともに整理しながら、多くの記事が触れていない「鍛えるだけに頼らない」という発想までお伝えします。お子さまや大人の発達特性と向き合ってきた現場の視点から、本当に役立つ考え方を掘り下げていきます。

ワーキングメモリとは「脳の作業台」のような働き

ワーキングメモリとは、見たり聞いたりした情報を一時的に保持しながら、同時にその情報を処理する脳の能力を指します。日本語では作業記憶とも呼ばれ、料理にたとえるなら調理台のような存在です。材料を一時的に広げ、切る・混ぜる・味を見るといった作業を並行して進める。この「置いておく」と「操作する」を同時にこなす力こそが、ワーキングメモリの本質といえます。

私たちは日常のほとんどの場面でこの力を使っています。会話の流れを覚えながら次に話すことを考える、暗算で繰り上がりを保持しながら計算する、レシピを思い出しながら段取りを組む。学習も仕事もコミュニケーションも、ワーキングメモリという土台の上に成り立っているのです。

短期記憶や長期記憶との違い

ワーキングメモリは短期記憶と混同されがちですが、役割が異なります。短期記憶が情報を「ただ覚えておく」貯蔵の働きだとすれば、ワーキングメモリは覚えた情報を「使いながら考える」処理までを含みます。電話番号を数秒間覚えるのが短期記憶、その番号を逆から言ってみるのがワーキングメモリ、と考えると違いがつかみやすいでしょう。

一方の長期記憶は、何年も保持される知識や経験の倉庫です。ワーキングメモリは、この長期記憶から必要な情報を引き出し、今この瞬間の作業に組み込む役割も担っています。つまり、過去の蓄積と目の前の課題をつなぐ中継地点なのです。

ワーキングメモリを支える4つの要素

ワーキングメモリ研究の第一人者であるバドリー(Baddeley)が提唱したモデルでは、ワーキングメモリは複数の要素から成り立つと考えられています。それぞれが扱う情報の種類が違うため、人によって得意な部分と苦手な部分が分かれます。

要素 担っている役割
音韻ループ 言葉や音の情報を一時的に保持する。聞いた指示を頭の中で復唱するときに働く
視空間スケッチパッド 見たものや空間の位置を保持する。地図を思い浮かべるときに働く
エピソードバッファ 言語と視覚の情報をまとめ、出来事として統合する
中央実行系 どこに注意を向けるかを調整する司令塔。複数の作業の配分を管理する

ここで押さえておきたいのは、ワーキングメモリは一枚岩ではないという点です。言葉の保持が苦手でも、視覚的な情報の扱いが得意な方もいます。だからこそ、対策を考えるときには「どの要素につまずいているのか」を見極めることが第一歩になります。一律のトレーニングを当てはめる前に、苦手の中身を分けて考える姿勢が、遠回りを防ぎます。

ワーキングメモリが弱いと、どんな場面で困るのか

ワーキングメモリの働きが弱いと、本人の努力や性格とは関係のないところで困りごとが生まれます。「やる気がない」「話を聞いていない」と誤解されやすいのですが、実際には情報を保持しながら処理する容量が一時的に追いつかない、という脳の特性によるものだと考えられています。

子どもに現れやすいサイン

お子さまの場合、学習や生活の中に次のようなサインが現れることがあります。

  • 複数の指示を出されると、最初の一つしか実行できない
  • 忘れ物やなくし物がとても多い
  • 黒板を写すのに時間がかかり、写し終える前に内容を忘れてしまう
  • 文章を読んでいるうちに、前半の内容を忘れてしまう

こうした様子は、本人にとっては「がんばっているのにうまくいかない」という体験の積み重ねになります。叱られる経験が続くと自己肯定感が下がり、本来持っている力まで発揮しにくくなる。困りごとの連鎖を断ち切るためにも、早い段階で背景を理解することが大切です。

大人の仕事や暮らしで起こること

大人になると、困りごとは仕事の効率という形で表面化します。会議で複数の決定事項が飛び交うとメモが追いつかない、電話を受けながら別の作業に切り替えると元の作業に戻れない、段取りを組んだはずなのに途中で抜け落ちる。これらはいずれも、複数の情報を同時に保持する負荷が大きい場面です。加齢や慢性的な睡眠不足、過度なストレスもワーキングメモリの働きを一時的に下げる要因になることが知られています。

ADHDなどの発達特性との関係

発達特性とワーキングメモリには関連があるという見方が広く知られています。特にADHDの特性がある方は、情報を保持しながら操作する働きにつまずきやすいといわれ、不注意や段取りの苦手さとして現れることがあります。注意の維持や計画的な行動には、情報を頭の中に保持し続ける力が欠かせないためです。

ただし、ここには大切な注意点があります。ワーキングメモリが弱いからといって、必ず発達障害があるわけではありません。情報処理能力が高い子どもや、得意分野で抜きん出た力を見せる子どもも数多くいます(参考:ミライクス)。困りごとの背景を一つの原因に決めつけず、その子・その人の全体像を見ることが、適切な支援の出発点になります。

💡 POINT
ワーキングメモリの困りごとは、医療機関や専門の支援機関で客観的に評価できます。お子さまの場合はWISCなどの心理検査を通じて、どの要素につまずいているかを把握できることがあります。一人で抱え込まず、専門家の視点を借りることで、対策の精度が大きく変わります。
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「ワーキングメモリは鍛えられるのか」という問いの答え

ここが、この記事でもっともお伝えしたい部分です。「ワーキングメモリは鍛えられる」と断言する情報は多いものの、研究の世界では今なお意見が分かれています。期待を持って取り組み始める前に、何がわかっていて何がわかっていないのかを正確に知っておくことが、結果的に近道になります。

課題は上達する、けれど別の力には移りにくい

研究で繰り返し確認されているのは、ある種のトレーニングを続けると「そのトレーニング課題そのものは確実に上達する」という事実です。問題は、その上達が日常の学習や仕事にまで波及するかどうかにあります。専門的には、訓練した課題に近い能力への波及を近転移、まったく別の能力への波及を遠転移と呼びます。

子どもに特定のゲームでワーキングメモリを鍛える課題を与えると、そのゲームは上達するものの、ほかの分野の学習能力の向上には必ずしもつながらなかった、という報告があります(参考:LITALICO発達ナビ)。つまり、課題が上手になったこと自体が、ワーキングメモリの容量そのものが増えた証拠とは限らないわけです。近転移は比較的起こりやすい一方、遠転移については確たる証拠が乏しい、というのが現時点での慎重な見立てです。

年齢によって効果の出方が変わる

効果の現れ方は、取り組む人の年齢によっても異なるようです。健康な若年成人を対象にした厳密な検証では、訓練課題での向上は明確に確認されたものの、未訓練の課題への転移は限定的で、日常生活への影響については十分な証拠が得られませんでした(2017年・Psychology and Aging誌)。若い世代はもともとワーキングメモリが高い水準にあるため、伸びしろが小さい可能性が指摘されています。

反対に、高齢者を対象とした研究では、より一貫して肯定的な結果が報告されています。22件のランダム化比較試験を統合したメタ分析では、高齢者へのトレーニングに長期的な効果がうかがえました(2020年・Journals of Gerontology誌)。同じトレーニングでも、どの年齢層に、どんな状態の人に行うかで意味合いが変わる。この前提を踏まえずに「誰でも鍛えられる」とまとめてしまうと、現実とのずれが生じます。

鍛えることだけに賭けない、という結論

研究の蓄積を整理すると、見えてくるのは次のような姿勢です。ワーキングメモリのトレーニングには一定の効果が期待できる場面がある。ただし、その効果は万能ではなく、年齢や課題の選び方、継続期間によって左右される。だからこそ賢明なのは、鍛えることだけに賭けるのではなく、後ほど紹介する「解放する」工夫や生活習慣の見直しと組み合わせる戦略です。

現場で多くの方と向き合ってきた実感としても、トレーニング単独で劇的に変わるケースは多くありません。むしろ、本人の負担を減らす工夫と、得意を伸ばす関わりを並走させたときに、暮らしの困りごとが軽くなっていく。「鍛える」は選択肢の一つであって、唯一の答えではない。この距離感を持っておくことが、遠回りや過度な期待を防いでくれます。

研究が支持するワーキングメモリの鍛え方

ここからは、根拠のある具体的な方法を紹介します。特別な道具は必要なく、日常の中で無理なく取り入れられるものばかりです。即効性を求めるよりも、習慣として続けることを前提に読んでみてください。

暗算や逆さ言葉で意図的に負荷をかける

ワーキングメモリは、使わなければ働く機会が減ります。買い物の合計金額を頭の中で足していく、相手の言った単語を逆から言ってみる、電話番号を一度で覚える。こうした「保持しながら操作する」課題が、もっとも素直な負荷のかけ方です。単純な計算の繰り返しが脳を活性化させることは、東北大学の川島隆太教授の研究でも示されてきました。

ここでひとつ実践的なコツをお伝えします。負荷は「少しだけ難しい」水準が肝心です。簡単すぎれば脳は楽をし、難しすぎれば挫折します。今の自分がぎりぎりこなせる難度を選び、慣れたら一段だけ上げる。この微調整こそが、続けられるかどうかの分かれ目になります。

有酸素運動という見落とされがちな土台

意外に思われるかもしれませんが、運動はワーキングメモリ対策の中でも特に裏づけが厚い方法です。筑波大学の紙上敬太准教授の研究では、運動によってワーキングメモリが向上するという結果が得られています。中強度の有酸素運動を週3回程度続けると認知機能の改善が確認されたという報告もあり(参考:日経Gooday)、運動と認知課題を組み合わせると相乗効果が期待できることも示されています。

ウォーキング中に「赤い車を何台見たか」を覚えておく、振り付けを覚えながら踊る。このように体を動かしながら頭も使う取り組みは、運動と記憶を同時に鍛える効率のよい方法です。脳トレのアプリに向かう前に、まずは散歩から始めてみる。地味に見えて、土台づくりとしての効果は侮れません。

睡眠と脳の休息を整える

どんなトレーニングも、睡眠が足りていなければ効果が削がれます。睡眠不足はワーキングメモリを含む認知機能全般を低下させることがわかっており、成人では7時間から8時間程度の質のよい睡眠が一つの目安とされています。眠っている間に記憶は整理・定着され、脳の作業台はきれいに片づけられます。鍛える努力の前に、まず脳が十分に休めているかを点検してみてください。

子どもは遊びの中で無理なく

お子さまの場合、机に向かう訓練よりも遊びの中に組み込むほうが続きます。後出しじゃんけんでわざと負ける、しりとりにルールを足す、読み聞かせの後に内容を質問する。どれも保持と処理を自然に促す遊びです。本人が「楽しい」と感じられるかどうかが、何よりの継続条件になります。

当社が運営する放課後等デイサービス「Kid'sTECH」では、プログラミングを療育のツールとして活用しています。ゲームやアプリを自分で作る過程には、手順を覚える・設計を頭の中で組み立てる・試して直すといった、ワーキングメモリをのびのびと使う場面が詰まっています。実際に、読み書きが苦手だったお子さまが、作りたいゲームのために複雑な指示書を読み込むようになった、という保護者の声も寄せられています。

保護者様の声

読み書きが苦手でも、ゲーム制作のために複雑な文章や長い指示書を読むようになりました。子どもの可能性が広がるかもしれないと期待しています。

— 中学2年生 ASD 母親
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「鍛える」と同じくらい効く「解放する」工夫

ワーキングメモリの容量には限りがあります。だとすれば、限られた容量を増やそうとするだけでなく、容量への負担そのものを減らすという発想が効いてきます。覚えておく仕事を脳の外に追い出す、いわば「解放」のアプローチです。鍛えるのが筋トレなら、解放は道具を使って重い荷物を運ぶ工夫に近いといえます。

覚えておく仕事を脳の外に出す

やるべきことをメモやリストに書き出す、スマートフォンのリマインダーに任せる、付箋を目につく場所に貼る。当たり前のようでいて、これがもっとも確実な負担軽減になります。頭の中で覚え続けようとすると、その分だけ作業台のスペースが埋まり、肝心の処理に回せる余力が減ります。書き出した瞬間に脳は解放され、目の前の作業に集中できるようになります。

一度に運ぶ情報量を減らす

指示は一度に一つ。長い手順は分割して、終わってから次を伝える。子どもへの声かけでも、職場での依頼でも、この原則を守るだけで伝わり方が変わります。複数の情報を同時に投げかけられると、ワーキングメモリは処理しきれずにあふれてしまう。情報を小分けにして渡すのは、相手の脳の作業台を散らかさないための配慮なのです。

集中を妨げない環境をつくる

視界に余計なものが多いほど、注意がそちらに引かれてワーキングメモリの容量が奪われます。机の上を片づける、視覚的な刺激を減らす、不安やストレスの原因をできるだけ取り除く。慢性的な不安は作業台の一部を占領し続けるため、リラックスできる時間を意識的につくることも立派な対策になります。当社の教室では、あえて装飾を抑えたシンプルな環境を整えており、刺激に敏感なお子さまが落ち着いて過ごせたという声をいただいています。環境を変えるだけで力を発揮できるようになる例は、決して珍しくありません。

弱みを強みに変える、もう一つの見方

ここまで、鍛える方法と解放する工夫を見てきました。最後にお伝えしたいのは、ワーキングメモリの苦手さを「直すべき欠点」としてだけ捉えない、という視点です。

ワーキングメモリの弱さは、裏を返せば別の力の表れであることがあります。一つのことに過集中できる、興味のある分野では驚くほどの記憶を発揮する、独自の発想で課題を解く。発達特性のあるお子さまと接していると、苦手の隣に必ずといっていいほど際立った強みが眠っていることに気づかされます。当社が大切にしているのは、足りない部分を埋める発想ではなく、その子・その人が持っている強みを見つけ、活かせる場をつくるという関わりです。

だからこそ、トレーニングで容量を増やすことだけにこだわる必要はありません。苦手な部分は道具や環境で補い、得意な部分を思いきり伸ばす。この組み合わせのほうが、本人の自信にも将来の選択肢にもつながっていきます。ワーキングメモリの数値を上げることが目的ではなく、その人が生きやすくなることが目的。この順番を見失わないことが、何より大切だと考えています。

ワーキングメモリの課題は株式会社プラスイノベーションにご相談ください

ワーキングメモリを鍛える方法には確かな裏づけのあるものがありますが、その効果は年齢や課題によって左右され、万能ではありません。だからこそ、鍛える・解放する・環境を整えるという複数のアプローチを、一人ひとりの特性に合わせて組み立てることが鍵になります。とはいえ、どの要素につまずいているのか、どの方法が合うのかを自分だけで見極めるのは簡単ではないでしょう。

株式会社プラスイノベーションは、日本で初めてIT療育に取り組んだ放課後等デイサービス「Kid'sTECH」をはじめ、お子さま向けのフリースクール「MIRAIZ」、大人の方向けのIT就労訓練「CYBER TECH ACADEMY」、就労継続支援B型「ワークリンク尼崎」まで、年齢や状況に応じた支援を兵庫県尼崎市を中心に展開しています。臨床心理士・公認心理師や作業療法士といった専門スタッフが在籍し、特性の見立てから日々の関わりまでを丁寧にサポートします。

「困りごとの背景を知りたい」「子どもに合った環境を探している」「大人になってからの働きづらさをどうにかしたい」。そうした思いがありましたら、まずはお気軽にご相談ください。見学や体験を通じて、一人ひとりの強みを起点にした支援のかたちをご提案します。

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【主な参考・出典】
ワーキングメモリは鍛えられる?短期記憶や発達障害との関係は(LITALICO発達ナビ)
ワーキングメモリとは?低い原因・サポート方法・発達障害との関係(ミライクス)
有酸素運動を半年続けると認知機能が向上(日経Gooday)
・Klingberg ら、ワーキングメモリトレーニングに関する研究(コグメドのエビデンス資料による)
・Psychology and Aging(2017年)、Journals of Gerontology(2020年)における各研究
・東北大学 川島隆太教授、筑波大学 紙上敬太准教授 の研究

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